絶対話せる!英会話

African American Literature。

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さて、今日は先週から始まった授業の話、African American Literature II。これはハーレムルネサンス以降のアフリカンアメリカン文学の授業。English 1Bが終わって、英語からやっと解放されるはずだったのだが、もう一つ英語の授業を取らなければならなくなった。English majorでもないのだが、なぜか第一志望校のPrerequisitesにもう一つ英語の授業が含まれているのだ。仕方がない。

どの文学の授業にしようか、はじめはかなり悩んだ。Shakespeareは好きだけれど、英語で学べるとは思えない。(読んでいて全く意味が分からないことが多い。)仕方がない、American Literatureにしようかなと思っていたとき、隣町の校舎(先学期経済の授業を取った隣町のキャンパス)にAfrican American Literatureがあるのを見つけた。なぜかピンと来た。これを取ろう。2秒で決まった。

なぜAfrican American Literatureにしたかと言うと、先学期Paul Laurence Dunbarの詩をいくつか読んだからである。悲しい詩だった。しかし興味を持った。もっと知りたいと思った。これがAfricacan American Literatureに心を引かれた理由である。しかし彼はハーレムルネサンスの頃より少し前の詩人なので、今回の授業では学ばない。だが、個人的に以前から(文学ではないが)、ハーレムルネサンスに興味があった。なので一瞬にして、この授業を取ろうと決めた。

ここでAfrican American Literatureを黒人文学と呼び返させてもらう。こう書かないと私の母の世代の人には分かってもらえないからだ。それに私は黒人と言う言葉が差別用語だと思っていない。人を言葉だけでどのような人かを表現するときには肌の色、髪の色、背丈を使うのが当然だと思うし、肌の色が黒ければ黒人と呼ぶのは自然だろうと私は思っている。

さて授業。初日はキャンセルされてしまったので、2日目がきちんとあるかどうか少し心配だったが、無事に行われた。クラスメートは9人。うち完全に肌が黒い人は5人。教授も黒人。後は白人と黒人のハーフか(これまた私は差別用語と思っていない)、ヒスパニックか分からない人たちが3人。そして私。分かりやすく言うと、私の肌の色だけがクラスメートと違う。わざわざ黒人文学を、黒人率が高い隣町キャンパスで取る物好きは私くらいらしい。

このクラスは3回のペーパー、1回のプレゼン、試験が2回、教授が指定する会議に教授と一緒に2回出席、そしてクラスディスカッションで成績が付けられるらしい。指定された作品を読み、ディスカッションするのが主な授業スタイルのようだ。なので毎回授業の前には、しっかり与えられた課題を読んで自分なりの考えをまとめてくるように、と念を押された。はい、頑張ります。

教授は突然皆に質問をした。「What does being African American or black mean to you?」ノートに書くように、との指示。「へっ?困ったな、主観では書けないじゃん、私の場合。」と思ったのだが、適当にノートに書く。教授は私と数人のバックグラウンドが分からなかったらしく、私に質問をした。何と聞かれたのかは覚えていないのだが、私は「アジア人です。」と答えた。さらに、どこの国?と聞かれたので、日本人、と答えた。すると教授は「おもしろいねぇ。何で国よりも先にアジア人と出てきたの?」と聞いてきた。

そういえば何でだろう?人種を聞かれたと思ったのだろうか。しかし日本にいたときは私は自分のことを日本人としか呼んだことがなかったが、アメリカに来てからは「私はアジアの人。」と意識することが多くなった。そしてそのように説明した。更に「どうしてそう思うようになったのかな?」と突っ込まれた。「多分アメリカ人とはいつも文化が違うと感じることばかりなのだけれど、アジアの国の人とは何となく共通項が多いからかな?」と答えた。もう一人の女の子は「私はメキシコ人よ。ヒスパニックとかラティーナじゃないわ。」と答えていた。結局このクラスは彼女と私を除くと皆黒人の血が入っていることが分かった。

それにしても不思議なのは、黒人文学の授業は存在するが、白人文学と名のついた授業はない。しかしもしあったとしたら、差別と言われそうだ。黒人向けTVはあるが、白人向けだけのテレビ局は存在しないのと同じか。

前述の質問に対してクラスメートは、差別が存在すること、そしてそれを個人で対処していかないといけないということ、長く辛い先祖の悲しみを忘れてはいけないこと、そして生まれたときから黒人であるというアイデンティティを強く持たないといけない、ということを強く言っていた。

外国人も少ない、ほとんどの人が1人種だと思っている日本で育った私は、自分が何者かは悩んだことがあっても、自分の人種に対してのアイデンティティなんて全く考えたことがなかったな、そう言えば。アメリカで暮らすようになって初めて、あ、日本人なんだ、自分は外人なんだ、アジア人なんだ、と実感するようにはなったのだった。しかし特に差別を受けた経験はない。人種が違うというだけで差別が存在するって、よく考えると変な話だ。人種なんてたまたまその人種で生まれただけに過ぎないわけだし、自分が自分の力の及ばないところで差別されるとしたら、とても理不尽だ。

以前別の黒人の教授が言っていた。「君たちの世代が偏見や差別のほとんどない最初の世代だ。」今大学に通っている子たちの平均年齢を20代前半とすると、1980年代後半より後に生まれた子たちになる。Civil Rights Act(公民権法)が制定されてから20年以上経って生まれた若者たち、確かに偏見は少なさそうだ。

さてこの黒人文学の授業、学期の最後にプレゼンがある。教授が作ったリストの中から作家を選ぶのだが、他のクラスメートと重ならないようにしないといけない。何人かはすぐに「この作家を選びます。」と言っていたが、一方私はねぇ…知っている作家が4人しかいない。授業の終わりに教授にそのことを言いに行くと、「誰を知っているの?」と聞かれる。私は「女性の作家がいいし、そうなるとこの二人しか知らないんです。」とMaya AngelouとAlice Walkerの名前を挙げた。すると「じゃ、Maya Angelouにしたら?いいチョイスだと思うよ。」と言われたので、そうすることにした。

さて火曜日のディスカッションはどうなることやら?しかし私は最近よく喋る。よく考えたら、元々おとなしい人ではなかった。近頃は、文法がおかしかろうが、何だろうが言いたいことがいっぱいあって止まらない。よく聞いていると、クラスメートだってあまりきちんとした英語は話していないことが多い。アメリカ人だってあんな程度なのだから、外国人の私はもっとひどくっても許されるわよね、なんて勝手に思っている。そしてそれ故に全く物怖じしなくなってきた。恐らくディスカッションが多いクラスでもやっていけるだろう。さて、そのためにはまずきちんと課題を読んでいかないといけない。
さ、取り掛かるか。

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