絶対話せる!英会話

私の場所は…。

この記事は2分で読めます

昨日は、昨年の夏まで12年半ほど住んでいた武蔵野のアパートへ帰った。一緒に住んでいた人がまだそこにいるし、私の公的な住所も実はそこにあるのだ。今回の帰国時には、そちらへ帰らずに実家の方へ戻って来たのだが、まだまだそのアパートに私の荷物は多い。

久しぶりに吉祥寺の駅で降りると、店が変わっている。ほぼ毎日寄り道していたところが変わってしまうと、あぁ私はもうこの町の住民ではないのだな、と思う。アパートの周りも新しいマンションが建っていたり、家がなくなっていたり、新しいお店ができていたりして、新鮮である。たった1年4ヶ月離れていただけなのに、ここはここの時間がしっかり流れているのだなと思う。もちろん私だってこの期間、同じ様に時間は消費した。カリフォルニアと埼玉で。

約14年前に実家を出て以来、武蔵野は私の場所だった。公園でのキャッチボールや散歩、図書館での読書、市民体育館での太極拳やエアロビや水泳。飲むのだっていつも吉祥寺。私は武蔵野がとても好きだった。今日は銀杏並木の黄色に嬉しくなったが、私が武蔵野で一番好きだった季節は春だった。その理由は桜。

春になると、両側の桜が道の上で交差して、桜のアーチを作るのだ。桜の時期はこの木々がライトアップされる。自然は自然の場所で見るのが一番と常に思ってはいるのだが、この桜のアーチだけは別。人工的に植えられたものだとしても、毎日その下を通るのが嬉しくなるほど好きだった。毎年春になると、「あぁ、武蔵野に住んで良かったなぁ。」と思っていた。ここ数年は春先にいつも日本にいなかったので、ずっと見損なっている。今度は見れるのはいつだろう。

その場所にいないと、見逃してしまうことが多いのは残念だ。現在、仮住まいさせてもらっている実家。このあたりも急ピッチで周りが変わっている。私の家の前は大きなお屋敷(恐らく東京では見られないほどの大きな)と竹やぶだった。春になると父がいつもたけのこを(勝手に)取ってきて、筍ご飯を食べたものだ。今家の前は台地である。ここにはこれから道路ができるらしい。ここら辺は元々農家が多く、畑と田ばかりだったので、その変わりようと言ったらものすごい。
ここもまた、しばらく私がいない間にとてつもなく変わって行くのだろうな。

この二つの場所はとても大事な私の居場所だった。そして今度はCAのRiversideへ帰る。あちらにも、私の荷物は沢山だ。今は3ヶ所に私の持ち物が分散してしまった。人から見たら大したものは何もないが、私にとっては全てが思い出の品だ。そしてそれを保管してくれているそれぞれの場所は、私の大事な思い出の場所なのである。

あちこちに移動しているせいで、今私は自分の場所を失ってしまった。ここが私の場所と言い切れる場所がどこにもなくなってしまった。その上、これから先どこに住むことになるのか、自分でも分からない。

きっとこれからも先、今日感じた思いを“久しぶりに帰るかつて自分の場所だったところ”を訪れる度に感じるのだろう。嬉しさと驚きと少しばかりの疎外感。

今日はずっと私の居場所だったアパートの周りを歩きながら、しみじみとそんなことを考えてしまった。

あわせて読みたい

  1. 残念。

    2009年7月5日9:19

  2. 完徹だわさ。

    2005年7月15日0:00

  3. 仕事が進まん。

    2007年12月20日7:50

  4. 平日の余裕。

    2005年11月21日0:00

  5. Wow, 20149?

    2005年11月6日0:00

英会話のスマホアプリ、作りました。

「絶対話せる!英会話」無料アプリ ★アメリカ生活の中で、実際に使われている英語表現をお届けしている無料スマホアプリです。11回目以降の音声は、このウェブサイトにて無料で聞くことができます。 こちらからどうぞ。

YouTube – 英語・発音・アメリカ生活

応援、ありがとうございます。

RETURN TOP
error: Content is protected !!