絶対話せる!英会話

一日の中で見かける不公平さ。

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週末ティファナとサンディエゴへ出かけた。(アメリカは3連休だった。) サンディエゴのレゴランドでは、子供たちがいろいろな乗り物に乗ったり、好きな食べ物を食べたりして、とても幸せそうだった。それはとてもいいことだと思う。子供のときは楽しい時間がたくさんあった方がいいに決まっている。

しかし同じ日にティファナでは、多くの物乞いの子供たちを見た。道端に座って旅行客にお金をもらおうとしている母親とまだ6ヶ月くらいの赤ん坊もいた。屋台でタコスを食べていたところ、物売りの親子がやってきた。こういう親子は大抵の場合、安物のアクセサリーを売っている。子供がかわいかったので、ニコニコしたところ、お母さんに値段を言われた。アメリカでだったら、99セントショップで買えるようなものだ。私は普段はあまりこういうものは買わないようにしているのだが、子供がかわいかったので、もし私がここで買えば今日はこの子はご馳走が食べられるかもしれない、と思った。なので一つ買ってみた。しかし物を売っている親子は山のようにいるので、もちろん何の解決にもならないことは承知の上でだが。

私はいつもこういうときにどうするのがいいのか、悩んでしまう。目の前にいる人に少しばかりのお金をあげるのは簡単だが(私もアメリカでは倹約生活だが、道端で座り込んでいる人よりはよほどまともな生活をしているのは間違いがないので)、数ドルのお金をあげたって、それでその人の生活が変わるわけでもない。しかも物乞いの人はたくさんいるのだ。お金をあげたり、安いものをわざわざ高く買ってあげることは何の解決にもならない。

何の解決にならないと言えば、授業で聞いたことを少し思い出した。安く国内で買うことができるものを、発展途上国から来たものだからと言って、原価がとても安いにも関わらずわざわざ高く買うという行為は、実はその発展途上国の国際競争力を更に弱くすることになる。なぜならその発展途上国は、理由もなく高く買ってくれる人がいれば、製品に競争力をつける機会を失ってしまうからだ。(例えばアフリカからの手工芸品などを高く買うとか。)また逆に発展途上国から来た安い価格のものを安い価格で買い続けると、その発展途上国での経済状態はいつまで経っても発展しないとも、別の授業で教わった。(中南米から来る切花などを安いのが当たり前としてスーパーなどで買うとか。)

発展途上国での工場での搾取を止めさせるためには、不買運動がいいととある教授が言っていた。しかしその品物自体が先進国で購入されなくなってしまうと、発展途上国の工場はもちろん打撃を受けるだろうが、その工場で働く人たちも解雇されてしまったりする恐れがある。不買運動の目的は、その搾取されている人たちの賃金上昇や子供の労働を止めさせるということなどのはずだが、もし工場自体が撤退してしまったりしたら、そこで働いていた労働者の人たちの生活は却って苦しくなってしまう。不買運動は社会的認知を高めるために社会活動としては有効かもしれないが、実際には反対に働くこともある。

こういうことを考え始めると、目の前の人にお金をあげたり、あるいは安いものを高いお金を出して買うことが果たしていいことなのかどうなのか、いつも分からなくなってしまう。友人の旦那さんは、友人がホームレスにお金をあげることに「根本的な解決にならないから止めた方がいい。」と言うらしい。それに対して私の友人は「たとえそうだとしても、その人のその日の解決にはなるかもしれないじゃない。」と答えると言う。これを聞いて、私は、なるほど、そういう考え方もあるな、と思った。

また、ダウンタウンに住んでいる別の知り合いは、ホームレスを支援するのは意味がないから止めた方がいいと言う。なぜなら彼の家の周りにはホームレスの人が多いので、ホームレスの人をよく見かけるらしいのだが、彼らは人があげた食べ物などを捨ててしまうこともあるらしい。彼らは食べ物ではなくて、お金を欲しがっているだけなので、食べ物などの援助は無駄なこと、と彼は考えているようだ。

LAは東京よりもホームレスの人が多いような気がする。日本のようにホームレスの人が一箇所に固まって生活しているのではなく、LAでは単独で行動しているホームレスの人をよく見かける。(ダウンタウンには一部多い地域はあるが。)車で運転していると、時々バス停でたくさんの荷物を持って座っている人を見る。大抵の人が黒人で、もう若くはない人たちだ。中年以上の人たちを見かけると、この人の人生はどんなだったのだろう?と考えてしまう。若い頃は恐らくまだ差別があったに違いない。その時代に教育を受ける機会を失ってしまったのかもしれない。こういう人の人生はもう取り返せないだろうなと思ってしまう。この先普通に働いて家を持って生活していくことは、この人にはできないだろう。恐らく死ぬまで物乞いをして生きていくのだろう。前にも書いたとおり、アメリカは国民全体に保険もない国なので、たとえ病気になったとしても治療も受けられずに死んでいってしまうのかもしれない。ホームレスの人は、Medicaidの対象にはなり得るのだが、恩恵を受けることはほとんどないそうだ。なぜなら特定の住所がない人には、州の保険も適用されないからだ。

親の愛情を一心に受けて好きなことを好きなだけできる子供達、道端に座り込み物乞いや物売りをする子供たち、悲惨そうなホームレスの老人をたった一日の中で見かけると、世の中は本当に不公平だとつくづく思ってしまう。日本国内ではホームレスの人は見かけても、子供の物乞いはいない。物を売り歩く子供だっていない。本当に世の中はどうしてこんなに不公平なのだろう。

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