夏セッションの2科目、同じクラスを取っている人が何人かいる。最近は彼らと時々休み時間に話をする。私はGeometryの女の先生の淡々と進めていく授業が割と好きなのだが、一部のアメリカ人からすると彼女は退屈な人らしい。彼女は30代半ばの中国人か韓国人と思われる。
先日同級生と話していたところ、彼はこう言った。「何回も図形を書き直したりするのがバカみたいだ。そんなつまらないこと誰も気にしないし。」私は、図形の授業なので、バランスが悪い図なら書き直した方が学生にも分かりやすいのではないか、と思う。しかも彼女は訂正しても書くのは早いし、字もきれいだ。
しかし図形の授業なのだから、見やすさも大事と思うのは、どうもアジア人だけの感覚らしい。彼らはそんなことはどうでもいいらしい。分かればいいだけなのに、きれいに書き直す彼女がとても不思議な人に見えるらしい。
これは恐らく育った環境の違いからくる感覚のずれだろう。私が学生のときは、数学や物理の先生はきれいに図を書いていたし、字も読みやすかった。(恐らくほとんどの日本人と同じように)私はそういう環境で育ったのでそれが当たり前だと思っていた。そのため、こちらでは教授の字の汚さ、たまに書く図や絵の下手くそさがやけに気になる。読めないこともしばしば。字は人に読めなきゃ意味がない、と思ってきただけに、彼らの字の汚さはやけに気になる。しかし多分アメリカ人にはそれが標準なのだろう。そしてちょっと図が曲がったからといって書き直す彼女の感覚が「つまらないことを気にする人」のように映るのだろう。
些細なことなのだが、アメリカ人と私は感覚が違うな、と少し感じた瞬間だった。